銀河之心

この日、ロシアはウクライナに向けてICBMを発射する。核はついていないとしても、核能力を使った威嚇であり、そもそもICBMが実戦に投入されたことは、これまでないのだ。またひとつ、箍が外れ、歴史は長くこれを記憶することになるだろう。少なくとも次に起きるエスカレーションはICBMを上回るインパクトをもたらすことが目論まれることになる。

ハヤカワの新刊で江波『銀河之心』を読んでいる。中国SFの新しいシリーズで、吉例に則り、三部作になっているらしい。第一部は『天垂星防衛』というタイトルで、今のところオーソドックスなスペースオペラの雰囲気。『三体』の次はコレというのが惹句だけれど、遥か宇宙を舞台にした話でありながら、ときどき混じる中華の成分は確かにそんな感じ。悪くない。

逆ソクラテス

伊坂幸太郎の『逆ソクラテス』が最初から終わりまで、実に伊坂幸太郎らしい話なので感心する。物語はシンプルなのだけれど、登場人物が相互に関係しているらしい描写が考察を呼ばずにはおらず、しかし最後に少しだけピースを余らせる感じは名人芸の領域にある。全編は読みやすく、凝った文体ではないけれど、メッセージの一貫性が作家性を強く意識させる読後感は独自のものであろう。物語の編み出す文脈が多層に存在すること自体を楽しむ抽象画のような構造のなかで、抽象画というものが再帰的に語られるというようなところがあるのだが、これはもちろん巧まれたものに違いない。

ようこそ、ヒュナム洞書店へ

ファン=ボルム『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』を読んでいる。奥泉光の長大な小説の合間に読むのがちょうどいい感じ。本邦では喫茶店、食堂、本屋などを舞台に日常を描く小説のジャンルが隆盛を極めているけれど、韓国でも似たような感じなのかもしれない。今や両国の文化は互いに大きな影響を与えているようである。著者はLG電子の技術者だった経験があるみたいだけれど、激しく競争に駆り立てられる社会から自主的に撤退して自己を保とうという人たちのさまざまな生き方を肯定するストーリーは静かだけれど奥行きと読み応えがある、面白い。ドラマになってもおかしくない話だけれど、そこは本で読むべきであろう。

虚史のリズム

ウチの坊やが久しぶりに帰ってきているので、諏訪湖周辺をウロウロして新蕎麦を食べたり、お参りをしたり。ついでに久しぶり書店を探索して、奥泉光の長大な新刊と韓国小説を買い求める。よく考えると、新刊が出れば条件反射で買う日本人の小説家は、今や奥泉光くらいになっているのではなかろうか。一方、韓国の小説はよく読んでいるという自覚がある。

奥泉光『虚史のリズム』はA5で1,100ページを超える物理的な大作であり、得意の戦中から戦後の物語であり、登場人物の他作品からのクロスオーバーも多いらしいので、年末にかけてじっくり読もうと思っている。何しろ、ずっしりと重いので気軽に持ち歩ける感じでもないのだけれど。

記憶の深層

岩波新書で高橋雅延『記憶の深層』を読む。内容は素人向けに平易に書かれた記憶研究の知見だけれど、いわゆる知的生産性の方法とは多くの共通点があって興味深い。蓄積と連想がクリエイティビティを生む。アウトプットが蓄積を強化する。蓄積の変化を認識するのは困難な一方で、複利的な増え方をして大きな差を生む。方法とそのプロセスに着目した話が好きなのも、生産性マニアの宿痾という気がしなくもないとして。

朝はかなり冷え込むようになり、家人は体調を崩して寝込んでいる。

暗殺コンサル

『暗殺コンサル』を読む。ハーパーBOOKSから刊行されている韓国製の小説で、自然死に見える暗殺計画の立案を職業的にすることになった男の手記の体裁で物語はすすむ。語り口はちょっと村上春樹っぽい。ハーパーBOOKSでは台湾からの翻訳になる『炒飯狙撃手』も面白かったけれど、この話もなかなか面白くてページが捗る。さまざまな国に全く異なるタイプの才能があり、しかしこのグローバルな世界では全くわからないというほどの異質さでもなく楽しめるので、こうした作品の発掘と翻訳という仕事はまったくありがたい。

この日はシンガポール経由でインドのベンガルールまで移動。バンガロールの名称が変わったということは意識していなかったけれど、インドのシリコンバレーといわれる当地の雰囲気は新興地域に特有の活気があって、成長そのものがこれからというポテンシャルを滾らせている。

7号

この日、もともと太平洋岸を北上するとみられていた台風5号は、高気圧に行く手を阻まれ、西進して大船渡付近に上陸する。速度は遅く、長く雨を降らせてほぼ1日がかりで日本海に抜けたのだが、太平洋上の6号に続き、南方の小笠原付近には7号の発生が予想されているようである。台風の波状的な発生はあることとはいえ、この渋滞ぶりには海洋と大気に蓄積された膨大な熱量を想起せざるを得ない。

新潮文庫から『百年の孤独』が出ていたので、とりあえずこれを買い求める。思えば紙の新潮文庫を買うのも久しぶりという気がするけれど、表紙のコシがなくてやけに柔らかいのにちょっと驚いた。おそらくこの部分はデジタル印刷に移行しているということなのであろう。なお、全体の感触には文庫らしさがあって、職人のこだわりを感じる。