ハヤカワの近刊、劉慈欣の『三体』を読み始める。2015年のヒューゴー賞で英語版はオバマが読んでいたことで話題になったけれど、冒頭から文化大革命のきつい描写が続いて読み入る。この史実的描写そのものがセンスオブワンダーを誘うと言ってもよく、いろいろ読みでがある。面白い。
本
ゼロ理論
『生物学探偵セオ・クレイ 森の捕食者』読了。15年くらい前に『サスペクト・ゼロ』という風変わりな映画があって、世間的な評価はイマイチながら、FBIのプロファイラーものと思わせて物語があらぬ方向に進んでいくのがちょっと面白かったのだけれど、これを思い出したものである。邦題の「探偵」からオーソドックスなフーダニットと心得ていると徐々に逸脱して、ついには活劇になるあたりが面白い。すぐにでもハリウッドで映画化されそうな話になっていて、好きな向きにはお勧めできる。
生物学探偵セオ・クレイ 森の捕食者
ハヤカワの『生物学探偵セオ・クレイ 森の捕食者』を読み始めている。まだ入り口ではあるものの、どこか巻き込まれ型の『ミレニアム』とかヒーロー譚としての『ピルグリム』に近い匂いがして期待が高まっている。
仮説検証
日向灘でしばらく続いていた地震の動向を気にしつつ、全く関係ないないのだけれど梅原猛の『天皇家の“ふるさと”日向をゆく』を読んでいる。シンクロニシティ。
宮崎には行ったことがないけれど『記紀』をもとに当人が旅をする内容は単純に読み物として面白い。司馬遼太郎とも古田武彦とも異なる論考であるのは当たり前だけれど、仮説を何におくかが各人の個性を生む構造の相似が興味深い。
シンドローム
今さら佐藤哲也の『シンドローム』を読んでいる。文庫落ちしてから購入という失態だけれど、してみるとAmazonのレコメンデーションも個人の嗜好を完全に捕捉できるわけではない証左であろう。『バーナード嬢曰く。』に取り上げられて、森見登美彦の解説付きでの文庫化の末という始末では、インターネットに最適化した結果、己のアンテナのつくりそのものに深刻な問題が生じていると認めざるを得ない。
図書館の魔女 霆ける塔
そういえば当初、2016年刊行予定とあった図書館の魔女の第3作『霆ける塔』のその後の消息を聞かないのだけれど、もうほとんど書き上がっているということだったのにどうしてしまったんだろうと思いつつ『図書館の魔女』を再読している。飽きない。
巨大システム 失敗の本質
『巨大システム 失敗の本質』を読む。『失敗の本質』といえば「日本軍の組織論的研究」があまりにも有名だけれど、こちらはシステム論的にfiascoというべき大災害がどのように起こるかを複雑さと結合の観点から整理した好著。翻訳は2018年12月の発行なので挙げられている事例も新しめで興味深い。本家『失敗の本質』とはだいぶアプローチが異なるけれど、そもそもシステム思考と抽象化の欠落が壊滅的な失敗をもたらすとすれば本邦のアナリシスに足りない何ものかを示唆しているような気がしなくもない。