CIA極秘分析マニュアル「HEAD」

早川書房から出版されたこの本の、まずタイトルにシビれるわけだけれど、確実に読者層を狭め、妙な偏見を与えていると思うのである。もちろん、元職員が公に書いたCIA査読付きの本が極秘の内容を含んでいるはずはなく、覗き趣味で読むようなものではなくて、言ってしまえば論理的思考の手法についての内容なので、述べているところは戦略系のコンサルタントが説明するそれと通底するものがある。これまでに発見されている不確実性への対処の方法には、それほどのバリエーションはないということであろう。とはいえ、育ちがCIAの筆者である以上、例題はリアルな国際情勢分析に言及するものが多くてなかなか楽しい。語り口は平易で、その論理は一貫しており、驚くような中身ではないにして、説明されるフレームワークがビジネス分析における要諦でもあることは違いない。

宇宙の扉をノックする

科学の啓蒙書がわりと好きである。リサ=ランドールの『宇宙の扉をノックする』を読み始めたのだけれど、この理論物理学者はとびきり頭脳明晰であることが記された言葉からも伝わってきて、頻りに感心する。頭のいい人は難しい内容を平易に抽象化して説明することができるものだけれど、なかなか大したものである。

巨神計画

創元SF文庫でシルヴァン=ヌーヴェルの『巨神計画』を読んでいる。世界各地で発見される先史文明の遺物という設定だけでも惹かれるものがあるが、基本的に「インタビュアー」による聞き取りという体裁の小説で、あの『ワールドウォーZ』に着想を得たに違いない書きぶりである以上は、ストライクゾーンの中心に入ってきた感じ。その巨神は『ARIEL』ばりの女性型ロボットで、ひねりもなくロボットアニメの影響が窺われ、いずれ作者も筋金入りであるには違いない。アツい。
もともとオーラルヒストリーが大好物なのだけれど、微妙な直訳具合もかえって雰囲気があって、悪くない。3部作で既に映画化も決まっているという話なのでゆっくり楽しんでいる。

ハヤカワ充

Kindleで早川書房のSFが半額となるセールをやっていて、電子化以降、本を割引で買うことに抵抗もなくなっているので、読もうかと思いつつ購入していなかった本をあれこれと買い求め、クラウドにみっしりと配置された積ん読の山をさらに大きくする。

逃げるは恥だが役に立つ 第9巻

『逃げるは恥だが役に立つ』の最終巻が発売されたので、これを買い求めて読む。このマンガはドラマ開始とともに品薄となったタイミングで揃え始めたので今回もKindleの電子書籍で、しかし掲載誌『KISS』が出るたびに連載を読んでいたので、実を言ってほぼ既読の内容なのである。収穫は「後書き」の内容で、作者はみくりのことを小賢しいとは思っておらず、39話の「小賢しいと思ったことはない」という平匡のセリフはドラマの制作が決まってから、「小賢しい」がキーワードのように使われていたことへの応答だったというくだり。「自尊感情」と「小賢しさ」はドラマのキーワードであり、原作本のキャラクターの違いは歴然としているけれど、ドラマと原作が相互に影響を与えていたという成立過程の詳細が明かされたことにより、今後の『逃げ恥』研究はますます進展するに違いない。脚本の野木亜紀子の仕事が際立っていたのは、作者も改めて述べている通り。

誘神

川崎草志の『誘神』を読む。『長い腕』から10年以上のブランクを経て続編を出して以降、その三部作のほかに『疫神』という長編もあって、これはそれと同じ世界に連なる話。『疫神』は好物のパンデミックものの要素で話が立ち上がるのはいいとして、人類の種としての進化という高野和明の『ジェノサイド』っぽい内容にまで広がって、しかし急速に萎む印象があり、そもそも登場人物の役割もよくわからないところがあるので、あまり感心しなかったのだけれど、本作はそこまで大上段な振りもないので何となく話は収まっている。しかし、『疫神』を知らなければまったく理解できないだろう事件の真相もあったりして、万人にオススメできるかといえばかなり読み手を選ぶ印象。京都パートの一家には見せ場と呼べるようなイベントがほとんどなかったり、作中の疫病の役割もついに前景化することなく、パラノーマルな世界に分け入ってしまうので、読後感は前作とよく似ており、背景に大風呂敷があるようだけれどその全貌は未だ見えてこない。続きがあるのかも定かではないけれど、徐々に読者が振り落とされる心配はあって何らかの戦略が必要ではあるまいか。

フェイク・エンディング

谷口ジローといえば、双葉社のアクションコミックスから出ていた関川夏央原作のマンガが当方にとっての原点で、86年版の『事件屋稼業』を何故か西呑屋あるじから貰って座右の書としたのが初めだからかれこれ30年。『事件屋稼業』を『フェイク・エンディング』というタイトルの話で締めてから、『新・事件屋稼業』という流れはその実力のなせるところで、カッコよかったよな。
この頃からすると線は洗練され無論、その画力は無類のもので、矢作俊彦が原作を書いた『サムライ・ノングラータ』もそうだけど、本棚のいちばんいい場所に置くのがしっくりくる作家のひとりであって、その訃報は残念という他ない。R.I.P.