ハリー・オーガスト、15回目の人生

クレア=ノースの『ハリー・オーガスト、15回目の人生』を読み始めている。そのタイトルが説明するように、人生を終えるとそれまでの記憶を保持しつつ、誕生時に戻ってまた同じ人として別バリエーションの人生を歩むハリー・オーガストの物語。
選択によって大きく世界が変わっていくあたりは時間ものというよりは多元宇宙設定の話で、何巡もの人生を交錯させながら徐々に物語をすすめていく語り口は芳醇で、ぐいぐい読ませる。面白い。
読んでいるうち松本零士の『ミライザーバン』を思い出し、しかしそれを読んだのも遥か昔、小学生のころなので勝手にストーリーを重ねている疑いが拭えない。改めて読み直そうかとも思ったのだけれど、思い出だけが美しいという可能性も否定できないので少し躊躇している。時は輪のようにあり、遥か未来のその先が今というアイディアはちょっと忘れ難く時々、思い出す。

ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ

角背にコート紙で559ページという分厚い図鑑のような装丁に、もちろん図版は多いとしても、4面割付で途中稿までみっしり入った本体に加え別冊で完成台本まで付いた『ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ』を買い求めて読み始めている。
2013年7月に始まる監督の構想メモまで収録されており、いや、その密度はいろいろとすごいものだけれど、とりあえず書見台が必要だ。却下された第5形態の検討案も含め、様々な途中資料が網羅されており『THE ART OF』を名乗るに相応しい内容となっている。加えて制作の修羅場について当事者のインタビューまで充実しており、この稀有な記録の発売スケジュールが例によって何度か延期されたのは知っているけれど、全体をみるとよく年内に発売できたものだとすら思えて感心する。
個人的には、リサーチにも使われたという何バージョンものプロット稿が楽しくてついつい読み耽ってしまう。しかしコレ、文字の大きさは6ポイントくらいじゃないだろうか。
あの作品の、さらなる細部がみっしりと詰め込まれていて、しかしもちろんそのタイトル通り役者への関心は一切ないというところがまた素晴らしい。ディテールに打ち震えた覚えのあるファンであれば、もちろん迷わず買い。

ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ

放課後地球防衛軍

朝日ソノラマの『妖精作戦』が昭和59年の奥付なので西暦でいえば1984年以来、ハヤカワからは初めてとなる笹本祐一の『放課後地球防衛軍』をほとんど反射的に買い求めてこれを読む。
ハヤカワJA文庫に笹本祐一の小説というのは今や意外な組み合わせと言えるくらい作家の年季は入っていて、自ら「現役最古のラノベ作家」を名乗っているくらいだけど、本編はノンフィクションの『宇宙へのパスポート』を含む、これまでのいろいろが原型を残さないくらいまで煮込まれたような印象で、もちろん原点というべき『妖精作戦』シリーズの風味すらあって楽しい。思えば『カーニバル・ナイト』の末尾にも「次回予告」が付いていたものである。しかし今回その予告には「検討中」の文字が入っていて、かなり即興感のあるシリーズ開幕となっているわけだけれど、出来れば10話完結のドラマくらいの構成感で、盛り上がる結末に向けてテキパキと話を運んでもらうとありがたい。

逃げるのは恥だが役に立つ

Kindleで発売なったばかりの『KISS』2月号を買い求めて『逃げ恥』を読む。電子書籍版なので日付の更新とともにリリースとなったはずだけれど、朝時点で早くもベストセラー1位のタグがついていて、今さらながら『逃げ恥』人気に感心する。いや、そればかりではないのかもしれないけれど、たぶん。
こちらとしても最後まできっちり勤め上げる方だし、マンガとドラマの最終話がほぼ同時期ということはあまりないことなのではないかと思うので、体験としても貴重。その最終話のタイトルは「の」の入った「逃げるのは恥だが役に立つ」。
ドラマの脚本家も最終話のネームはあらかじめ読んでいたという話なので、互いに呼応するような内容になっていて楽しい。いつも思うことだけれど、マンガの方がわずかにラディカルな思想で、その持ち味を最後まで保っているし、「ジュウシマツバス観光」ならぬ「ジュウシマツ引越センター」のカットがあるあたりのファンサービスも嬉しい。
写真館で写真という平匡さんの昭和な発想にはちょっと驚いたけれど、この終わり方ならでは続編はあるまいということも腑に落ちて、よいフィナーレというべきではないか。
作者のツイートによれば、番外編の百合さんのエピソードはとてもドラマにはできないという話なので、やっぱりこれでおしまい。8巻の「ときめきを丸い結晶に閉じ込めて」というセリフは結局、そのままでは使われなかったのでちょっと残念ではあるものの。

EKiss

何ごともきっちり研究を続ける方なのでハマれば沼が深いタチである。一般にはオタク気質と認識されて、概ね外れていない。『逃げ恥』原作研究も既刊だけでは飽き足らず、取り敢えずはこれ以外に読むところのない掲載誌『Kiss』の電子版をKindleで発売日に買い求めて読んだりもする。いや、電子書籍の敷居の低さは偉大と思いつつ、白泉社のコミックスと『ララ』が愛読書の一角を占めていた青春時代から、実はほとんど成長の形跡はみられない。
それはともかく。『逃げるは恥だが役に立つ』の原作マンガの方も最終回直前となっていて、この平仄は意図的に揃ったものかはよくわからないけれど、タイミングとしてドラマと結末も合って行きそうなので、やはり待ってらんないという雰囲気。
今回は、久しく影が薄くなっていた主役の二人が前景化して、新たな生活の点検を行うという結論一歩前、ほぼ食卓での会話ではあるものの、発注と受注に始まりビジネスライクな日常と内面のすれ違いを続けてきた関係が、建設的で前向きなやりとりで総括されるので、その成長が気持ちいいというアゲの回。
家計に家庭内家計を持ち込むというコンセプトで始まったこのマンガが、原始的な交換経済からいわゆる贈与経済の考え方に移行しようという展開で、表現が直截的であるだけに、リアルな多くの人たちの生活に働きかける可能性すらもっている。貨幣経済という強烈なシステムのなかで、浅ましさの対極に自分を位置づけることになるその心がけが大事だというシンプルな話を、素直に教えてくれる物語は案外、少ないのである。
ドラマ直近話の「感謝と敬意」というキーワードが、このあたりに収斂していく可能性も窺えて、やっぱり楽しみになっている。

夜行

Amazonで予約の『夜行』が届いたのでゆっくりと読み始めている。Web連載で立ち消えてしまった話と違って、このなかで物語は完結していることがわかっているので、安心して読めるし、何しろもったいないのでそそくさと読む気にはなれない。冒頭の鞍馬行からしっくりくる文章で、ブログの述懐によると『きつねのはなし』は『太陽の塔』と同時期に原型ができてもともと表裏にあるという話だけれど、森見登美彦のSide Bに採用されているこの文体はやはりひょっとするとA面より好きである。

逃げるは恥だが役に立つ

隠しようもなくものごとにハマるタイプで、『重版出来!』に続いて『逃げ恥』の原作マンガもまとめて買い求めた挙句、ちょっとだけ読むつもりで結局、既刊8冊を読破して夜更かし。この原作もなかなか面白くて、絵柄の好みはあるにしてネームがよいのでぐいぐい物語に引き込まれる。ドラマの特徴的なセリフ回しはここで生み出されていて、海野つなみというひとのマンガはこれまで読んだことがなかったけれど、思弁と妄想による語りは飽きない。
そして原作を知るとテレビのほうでは脚本家の野木亜紀子が絶妙な再構成を行なっていることが知れてこれにも改めて感心する。原作の素材を用いながら、ドラマとして説得力のある文脈がつくられているのはこの人の手柄で、例えば最新話の「神仏の前での真情の吐露」はよい意味で視聴者の深読みを許さない状況を設定し、モノローグによって読み筋を限定する以上の効果を与えている。こうした例は枚挙にいとまなく、ガッキーを始めとする役者の好感度の高さは脚本によるところも大きいのではないか。嫌味がないのである。その点では、恐らく難易度が圧倒的に上がる後半でも巧い仕事がみられるに違いなく、今から楽しみになっている。